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山形家庭裁判所酒田支部 昭和47年(家)220号 審判 1972年9月25日

申立人 平岡千種(仮名) 昭四三・九・一一生

右法定代理人親権者母 平岡光子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立人法定代理人の本件申立の要旨は、「申立人は母の氏「平岡」を称するもので昭和四三年九月二四日父斉藤君男より認知されたものであるが、幼稚園入園前に従前の氏を変更して父の氏を称したく、入園適齢になつたので、父の氏「斉藤」に変更することの許可を求める。」というのである。

二、当裁判所の事実調査の結果によると、次の各事実を認めることができる。

申立人の父斉藤君男(昭和四年八月一七日生)は、国立○○大学医学部精神科を卒業後、△△大学医学部精神科でインターンを修了し、昭和三一年七月医師免許を受け、精神科医として八王子市所在の○○病院に勤務し、昭和三四年一一月一八日妻さち子(昭和一一年五月四日生)と婚姻し、横浜市○○区内の君男の実家で君男の父二三男、母ゆみ子とも同居の夫婦生活をするうち、さち子との間に昭和三五年七月二八日嫡出の長男として一男が出生した。

申立人の母平岡光子(昭和一〇年五月二三日生)は、社会事業大学を卒業して昭和三三年四月より前記病院に就職し、事務員兼医療ケースワーカーとして勤務するうち妻のある斉藤君男と親密になり、不倫の情交関係を結ぶに至つた。

君男と光子の両名は、その関係を君男の父母や妻から間責され、不倫の関係を絶つよう要求されたが、これを拒否し、昭和三六年九月頃君男は単身家出して光子との同棲生活に入つた。それ以来君男、光子の両名は同棲を続け、君男が栃木県○○市の病院、次いで東京都○○市の病院と勤務先を変えるとともに住居を移転し、昭和四五年一月以降は現在の山形県飽海郡○○町に移住して君男は町立○○病院精神科に勤務するに至つたが、その間昭和四三年九月一一日○○市において光子は申立人を生み、同月二四日君男は嫡出でない子として申立人を認知した。

他方、君男の妻さち子及び長男一男は、君男の父母と共に生活し、昭和四一年一〇月君男の母ゆみ子が死亡した後も、君男の父二三男と三人で共同生活をしているが、七二歳の二三男は、電機会社を停年退職後子会社に嘱託として勤務し、一男の父親代わりとなつて嫁さち子の一男養育に協力している。

一男は小学校六年生であるが、将来の職業として父と同じ医師を志望し、その進路の第一歩として、さち子及び二三男の同意のもとに、小学校卒業後△△普通部に進学すべく受験勉強中である。

現在君男は、父二三男、妻さち子及び長男一男の三名分の生活費として毎月金七万円を送金している。

君男は、光子との同棲開始後の昭和三七年八月頃妻さち子を相手方として横浜家庭裁判所に離婚調停の申立をしたが、さち子に離婚の意思なく、君男の両親も強硬に離婚に反対したため、調停成立に至らなかつた。

君男、光子及び申立人の現住居地近辺では、君男と光子との両名が正式の婚姻関係にあるように装つているため、右両名の真実の関係を知る者は少数の限られた者であり、光子及び申立人の母子は事実上「斉藤」姓を称している。

本件申立に係る氏変更については、さち子及び二三男はともに強く反対する意向であり、当裁判所の調査段階において強硬な反対意見を提出し、殊にさち子は、当庁家庭裁判所調査官との電話による応答において同調査官の言を誤解して取り乱し精神的衝撃を受けたり、別に弁護士を代理人として選任して氏変更に反対の旨を上申するなど、その反対の意向には激しいものがある。

さち子、二三男両名の反対する理由は、家庭を破壊された従来の経緯、特に君男との不倫の関係発生の当初から光子の態度がその関係維持に積極的であつたことに対する憎悪の感情的理由のほかに、本件申立に係る氏変更の結果として、君男、さち子夫婦間の嫡出の長男一男と同一戸籍に、非嫡出の異母妹として申立人が同籍記載され、このことが一男の前記私立中学校の入学試験に不利に作用することを危虞する実際的理由がある。

以上のような事情があるため、申立人の祖父に当る二三男は、申立人に対しても良い感情を抱き得ないでいる現状にある。

三、子が氏を変更して氏を異にする父または母の氏を称することに対する家庭裁判所の許可については、その氏を変更しようとする子が幼少または未成年とは限らず、その年齢、職業、境遇等社会生活の状態は様様であり、氏変更による影響もまた多様であるから、本人の幸福、利益を主限とする未成年者養子縁組に対する許否の場合とは趣を異にし、家庭裁判所は、本人の利益のみならず、社会生活の実状に応じ、他者に対する影響も含めて諸般の利害を総合考慮して氏変更の許否を決すべきものである。

本件氏変更申立の理由については、申立人は現に同居の母で親権者である平岡光子と同一の氏を称しているのであるから、社会生活上の利便の点では、父母の双方と氏を異にする場合とは同一に論じることはできず、本件では父の氏を称したいというそれ自体一個の感情的理由ということができるが、子の心情として右のような感情的理由も直ちに無視することはできないものがある。

しかし、本件においては、申立人は満四歳に達したばかりの幼児であるから、前記の感情は、申立人自身の感情ではなく、法定代理人として本件申立をなした母光子及びこれに賛同する同居の父君男の感情に基づくもので、その感情の目的とするところは、嫡出の子でない申立人に通称として従来父の氏を称せしめることにより嫡出の子であるように表示してきた世間的な体面に対し、戸籍上の氏変更手続をすることにより法的な補強を付加することにあると認めることができる。

本件では、右のような法的補強は、同時に、申立人と現に同居している父君男及び母光子が正式の婚姻関係にあるように装つてきた世間体を補強する効果を必然的に生ぜしめるものであり(この点において、嫡出でない子の父が正妻と同居していて、父母に不倫の関係が現存継続していない場合とは異なるものである。)、君男と光子との同棲関係が本来不法の関係であつて法律による保護を受け得ないものであるにもかかわらず、家庭裁判所の許可は、これにより右のような世間体の補強をすることになり、倫理上相当とはいえない一つの事情となる。

他方、本件申立に係る氏変更については、申立人の父君男の別居の正妻さち子及び父二三男の両名が強硬に反対しているものであるが、その反対理由にも感情的理由が含まれており、単に父の親族が感情的に反対していることの一事をもつて申立を排斥することはできないけれども、本件においては、申立に係る氏の変更が申立人の父方の親族関係における緊張を激化させ、殊に本来は孫として祖父二三男の慈愛を受けるべき立場にある申立人に対する二三男の感情をますます悪化させることは、単なる感情問題にとどまらず、申立人の幸福にも反する実際生活上の不都合でもあり、またさち子及び二三男が実際生活上の不都合として反対理由とする一男の中学校受験上の不利についても、その危虞について必ずしも根拠がないとは断じ難いところである。

四、以上を総合考慮すれば、未だ申立人は現状どおり通称として父君男と同じ「斉藤」の姓を使用することで満足すべきであり、戸籍上においてまで氏を変更して「斉藤」の氏を称することを認めるのは相当でないというべきである。

よつて本件子の氏変更の申立を不相当として却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡辺惺)

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